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ぎぶ
4人の子供を育てる平凡な40代のサラリーマンパパ。

10代の頃はオシャレが大好きだったのに、子育て・お仕事と忙しくしているうちに、普通の所帯じみた中年のおじさんになっていました。

ファッションは何歳になっても、毎日の生活を彩り豊かにしてくれます。
庶民の中年夫婦らしいレベル感で、ちょっとしたオシャレを楽しんで生活しています♪

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見栄を捨てる。

断捨離して快適に自分らしく充実した毎日へ。

捨てて快適な1つ、『見栄』。

他人の目から離れることとほぼ同じなのですが、『見栄』を捨てられる程に快適な毎日に変わって行きます。

人はなぜ見栄を張るのか?

見栄を張るのは他者がいるから、他者からどう見られるかを気にするから、他者と比較をするからです。

プライドを持つことは時として必要なことですが、見栄は不要です。

自分に目を向けた、自分はこうありたいというプライドは自分の意思を貫き、あるべき姿へ向かう原動力としてポジティブであり、必要になる場合もあります。

でも見栄は他者から見て、自分が優れている、自分は周囲よりも劣っていないと虚勢を張るだけ。

身の丈以上の自分を見せること。

そう、身の丈以上。

身の丈以上に他者からよく見てもらおうとすること自体が結局は無駄であり、不幸のはじまりになる可能性が高いのです。

価値観が他者を中心としているだけ。

人が居ない場所に行ったらどうか?人から見られない場面ではどうか?

都会で仕事をしていたらブランド物のバッグを持ったり、スーツに身を包んだりするかも知れない、でもど田舎で畑仕事をしていたらどうだろう?

誰もいなくて、広い畑に家族だけ。

そうしたらブランドものは持たないと思う。

そんなことよりも自分らしく、ありのままで居られるのでは無いだろうか?

車の大きさ、家の大きさ、洋服のブランドなどなど、それは本当に最適化を考えた方が自分にとって幸せ。

他者と比較して身の丈よりも高いものを所有していないか、人生長く生きていれば良いときも悪いときもある、だからその余計な『見栄』があとで重荷になる。

最高に良い状態から落ちることを他者に見られたく無い、他者から落ちぶれたと思われたく無い、他者からすごいと思われ続けたい、そんな他者と比較する『見栄』が自分にあるかどうかをよく振り返って見た方が良い。

捨てれば捨てるほどに本当に心から快適な毎日になる、自然に笑えることも多くなる、単純に楽しいことが増えます。

身の丈に合っていない見栄を張るくらいなら、コツコツと自分の能力なのか、経済力なのか、人間性なのか、見栄を張っていたものの実力を高めて行くべき。

でもそれを他者に見せびらかさない。

見栄を張らないでいるプライド、それが快適の1歩。

見栄は身の丈以上を他者に見せること、それとは逆に身の丈を控えめにしか他者に見せないプライドを持った方が余程幸せな生き方です。

断捨離して良かったと感じる1つ、『見栄』を捨てる。

徐々にでも意識して生活すると少しずつ出来るようになります、それに連れて穏やかに笑顔で居られる時間も増えた気がしますのでおすすめです。

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この記事を書いた人

4人の子供を育てる平凡な40代のサラリーマンパパ。

10代の頃はオシャレが大好きだったのに、子育て・お仕事と忙しくしているうちに、普通の所帯じみた中年のおじさんになっていました。

ファッションは何歳になっても、毎日の生活を彩り豊かにしてくれます。
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