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4人の子供を育てる平凡な40代のサラリーマンパパ。

10代の頃はオシャレが大好きだったのに、子育て・お仕事と忙しくしているうちに、普通の所帯じみた中年のおじさんになっていました。

ファッションは何歳になっても、毎日の生活を彩り豊かにしてくれます。
庶民の中年夫婦らしいレベル感で、ちょっとしたオシャレを楽しんで生活しています♪

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出世を捨てる。

何だろうなぁ。

社会人になって出世を目指していた気がする、間違いなく目指していた。

今よりももっと良いお給料が欲しい、誰よりも優位な立場に立ちたい、偉くなりたい、そんな気持ちのためにかなりの自己犠牲をしてきたと思う。

そう思って日本古来のサラリーマンらしくがむしゃらに働いてきた、そして適度に体調も崩した。

散々仕事をして、散々お酒を飲んで、散々ストレスをためて、散々我慢をして。

それでもそれはそれで楽しくも思えた、でも何度も会社をやめたいと思ったこともある。

人に環境に恵まれてなんだかんだ言っても自分の会社が好きでやめることはしなかった。

そんながむしゃらに働く日本のサラリーマンをやってきてもう何年経つだろう、10年を超え、15年を超えてきた。

気が付けば社員としてはほぼ最高位のポジションを得た、次なるポストは役員レベルになる。

同僚、先輩上司、家族、友人の支えもあって、サラリーマンとしては一定の成功は得たような状態ではなかろうか。

経済的にも極端な贅沢をしなければ不自由のない生活、会社の中でも立場が上がるごとに自分の自由が効くようになって特段の不満もない。

一般的には管理職クラスになれば最低限の生活は不自由がない経済環境になり、会社の中でもそれなりに優位な位置にいる、反対に中間管理職としての苦労も出てくるが安定し始める頃だろう。

その大変な管理職初級を経て、そこそこ上級の管理職になると、本当に自由、それに仕事の仕方にもよるが昇格するごとに仕事は楽になる。

単純に楽になると言うと多少の語弊はあるが、自分でやることが減る。

むしろ減らさなければいけない、大きな判断を自ら行い、多くの人に成果が出るように動いてもらう、そんなことが求められ、自分個人の忙しさと言うものは立場が上がるごとに減っていく。

むしろそうしていかないといけない。

新入社員から若手社員、中堅と言われるようになって、求めていた経済力と権力的な自由を徐々に得られるようになる。

考えようによっては責任が大きくなってプレッシャーを大きく感じ、自らを支えきれずに潰れてしまう人もいる。

でも日本のサラリーマンはそんなに特別酷いことをしなければ、降格、減給なんてそんなに頻繁に発生することはない。

そこそこのポジションまで登って仕舞えば、安定する。

勿論多少のポジションダウン的な異動もある。

そんな周囲も見ながら結局思うことは『出世』を捨てることでとっても気持ちが楽になること、これはやる気をなくして会社にぶら下がるってことではなくて、自分が良いと思うことを軸にして物事を判断すること。

出世を考え過ぎると本質を見失う、そして間違っていることに対して人生の時間を使ってしまう、しかも自分に嘘をついてまで行動をしてしまう。

ゴルフをやった方が出世が早い?実はそんなことは全くありません、一時的には上席と良い人間関係を結べて出世をすることがあるかも知れませんが、結局は仕事でどれだけ成果を残せるかです。

もう大きな組織のまま、ぶら下がり社員を抱えたままでも大きく成長できるような状況ではありません。

むしろ、本質的に仕事の成果をあげられる人、周囲に大きな良い影響を与える人、そんな人が勝手に出世するようになってきています。

勿論、自分の会社はまだそんなことない、そんな意見もあるでしょう。

でも本当にそうですか?

自分もそう思っていました、好きでもないゴルフをやらなければいけない、好きでもない接待をしなければいけない、たくさんの時間を働かなければいけない、年賀状を送らないといけない、いろんな細々したことを断捨離してみたら結局は気にしていたことはほぼ全て不要。

何も困らないどころか、逆に自己管理が出来ていて、自分の軸もあり、その中でしっかり周囲と連携、協調もすることで一目を置かれるようになります。

物事の判断を多数派であったり、一般的であったり、上席の意見をそのまま同調したり、そんなことは一切やめたほうが良い。

サラリーマンではなかなか出来ない人も多いですが、世の中が変わってきていて、これからは益々自分のスタイルを確立しやすくなると思います。

むしろ確立していかないとサラリーマンもやっていけません。

『出世』=他者が決める、他者から好かれる、他者から認められる、そんな意識は無駄でした。

何がダメかって、全て『他者』を基準にしてしまうこと。

そして他者からどう思われるかを気にして、仕事の本質を見失う、更には自分の人生の幸福を見失うことがとても大きなリスク。

実際に出世を目指して働き始め、ありがたいことにそのように良いポジションについてみたら、ポジティブな意味で『出世』を捨てることで、出世してしまったという感覚。

ネガティブでひねくれて、不貞腐れて出世を捨てるのではなくて、仕事の本質を見極め、自分が今何をするべきか、どう判断するべきかを他者基準を抜きにしてしっかり考えて行動することがとても大切だと言うこと。

そう考えた時に社内接待は本当に意味がない、むしろそんな社内接待で昇格してしまったら昇格後にかなり苦労する。

それは勿論、実力が伴っていないから。

こんな人をたくさん見てきたが本当に悲惨な末路だ。

皆ほぼ同じ。

サラリーマンは定年があるから、その守ってくれていた上司が退任したらそれで終了。

むしろ周囲から人脈で上位ポジションにいると周知されて、守る人がいなくなった瞬間に転落させてやろうと恨み、妬みを買うこと間違いなし。

それはそれで本人の自由だか、それに投資した時間とお金がとても勿体ない。

出世を捨てるくらいに仕事の本質を突き詰めて、仕事本来の結果を出すことを楽しんで結果的に良いポジションにならなければ、会社の成熟度よりも自分の成長が進み過ぎていることなので、あまりにも差が埋まる気配がなければより良い会社へ転職が出来たり、独立してしまえば良い話。

結局、出世を捨てることで自分の成長が更に加速する。

ここがとても重要。

自分の人生を豊かにするのは自分の実力しかない、自分の価値観やスキルの高低が自分の身を助けることは間違いない。

それほどに『出世』を目的にしてしまう働き方は危険。

ただ、厳密に言うと、実際のポジションが上がるたびに出世をちょっとずつ捨てていくイメージ。

それはゴールの出世を基準にして、実際に近づいた分だけ出世の段階が少なくなるのでその分は最低捨てられるだろう。

振り返るともっと早く出世を捨てられたと感じる。

もっと自分の意思・意見で物事をチャレンジしても大丈夫だった。

何よりも自分個人の人生がとても豊かで充実するようになった、自分の裁量で物事を判断する習慣も付くので成長が加速する。

『出世』を捨ててもっと自分を成長させよう、きっと働くことの楽しさをもっと感じられるだろう。

そして、気が付けばそれなりの高いポジションになってしまっていることもあるだろう。

 

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4人の子供を育てる平凡な40代のサラリーマンパパ。

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